Category Archives: Japanese Architecture

2/26 FreshJapan 日本の若手建築家10組

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FreshJapan en FreshLatino2
フレッシュ・ラティーノ2オープニング・イベント
フレッシュ・ジャパン

日時 fecha:
2014/2/26(水)19:00 | mié 26-feb-2014 a las 19h

場所 lugar:
〒102-0085 東京都千代田区六番町2-9
セルバンテス文化センター東京
Instituto Cervantes de Tokio
2-9, Rokubancho, Chiyoda-ku, Tokio 102-0085 Tel (03) 5210-1800

キュレーター comisarios:
アリアドナ・カンティス Ariadna Cantis
アンドレス・ハケ Andrés Jaque

FreshJapanコーディネーター coordinador FreshJapan:
伊藤喜彦 Yoshi Ito

スペイン、ポルトガル、ラテンアメリカから、注目度上昇中の建築家・コレクティヴを紹介するフレッシュ・ラティーノ展。その第二弾が、セルバンテス文化センター東京にやってきます。今回登場するのはスペイン、アルゼンチン、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、ブラジルからの計12組。本企画のオープニングにあわせ、日本建築界の未来を担う10組のデザイナー/コレクティヴをお招きして、そのお仕事ぶりを伺います。日本の現代建築はどこへ向かうのか?
グローバル? ローカル? スペインやイベロアメリカの新潮流とはどんな共通点や差異があるのか?
そんなことを考えさせられる刺戟的な場となりそうです。皆様のご来場をお待ちしています。

聴講のご予約は下記ページから。 http://reservas.palabras.jp/ja/

登壇予定建築家・アトリエ(順不同、敬称略)

Hiroi Ariyama 有山宙 (assistant)

Yuki Hyakuda 百田有希 (onishimaki+hyakudayuki architects)

Hiroyuki Unemori 畝森泰行

Fuminori Nousaku 能作文徳

Mitsuyoshi Miyazaki 宮崎晃吉(hagi studio)

Kentaro Kurihara & Miho Iwatsuki 栗原健太郎, 岩月美穂 (studio velocity)

Javier Villar, Tomoki Yamasaki & Takushi Nakata ハビエール・ビヤール, 山崎智貴, 中田琢史
(happenstance collective)

Jorge Almazán Studiolab (ホルヘ・アルマザン研究室)

Daiki Koga Nakagawa 古賀大起 (Hacocoto inc.)

Koichi Suzuno 鈴野浩一 (TORAFU ARCHITECTS)

fresh latino 2 in Tokyo (feb 26)

ラテンアメリカやスペインの注目若手建築家・デザインスタジオを紹介するfresh latinoという展覧会の第2エディションfresh latino 2が近々、番町にあるセルバンテス文化センター東京にて開催されます。

それに伴いまして、2月26日19時より、いまをときめく日本の注目若手建築家を何組かお招きしてご自身のプロジェクトについて解説して頂くことになり、そのお手伝いをしています。

freshlatino2(tokio)上記のリンクのどちらをみても、正直なんだかよくわからないし、フレッシュ・ラティーノが、フレッシュラ ティーノになっているなど細かいところは気になりますが、展覧会自体に登場する顔ぶれはなかなか、いやかなり面白いです。キュレーターはアリアドナ・カンティス。すでに名声を確立した大物ではなく、まだそれほど有名ではないけれど注目に値する建築家やコレクティヴを大勢紹介してきました。

たとえば、私のよく知っているマドリッドからは、建築・都市デザイン・ソーシャルデザインを横断したなんともいえないデザイン活動を展開しているPKMN(パックマン)やTODO POR LA PRAXIS(トド・ポル・ラ・プラクシス)がそれぞれ第一回、第二回に登場。

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PKMNがソルトレイク・シティーのオリンピックに際して提案したFrom Olympic Games to Urban Games

2000年代前半のスペイン建築界は、経済の自由化(1960年代)、民主化(1978年)、バルセロナオリンピック(1992年)といった前段階を踏まえて、高額・大規模なプロジェクトがばんばん進んだものでしたが、そんな建築バブルはリーマンショックとユーロ危機を境に泡と消え、いまは長引く不況に苦しんでいます。
そんな経済危機後のスペインでは、かつてのように黙っていれば仕事になる、コンペに勝てば金に糸目を付けずにメディア受けする奇抜な建築をつくれる、という時代は過去の話になってしまいました。いまのスペインの若手建築家は、どう個人として生き抜くのか、という卑近でパーソナルな現実と、社会全体としてはどのような方向を目指すべきなのか、というより本質的な問題とを、同時並行で考えざるをえない状況におかれています。たくさんの優秀な建築家(だけではないですが)が国外に流出しています。そうした、個人と社会、建築と非建築の問題が、絡み合って境界が溶けてしまっている中で、楽しそうに苦闘している、というのが、こうした若手の建築家からわたしが受ける印象です。

さて、ここからが本題なのですが、この展覧会オープニングにあわせ、セルバンテス文化センターが、何人かの日本の注目若手建築家・コレクティヴを招待してお話を伺うことになり、わたしもそのお手伝いをしています。

現在、候補者のみなさまに参加のお願いをしたりしているところですが、世界に負けない日本の注目株が集まりそうで、楽しみになってきました。

このブログでも、参加者がある程度揃ったところでその告知をしていきたいと思っています。

日本の建築界の未来に興味がある皆様にも、スペイン・ラテンアメリカの都市文化に関心がある方にも、ぜひ2月26日19時、セルバンテス文化センターのオーディトリアムにいらして頂けたらと思います。なお、席に限りがありますので、セルバンテスのHPから予約を推奨。

 

おまけ

ではここで、ここ数日話題になっている、バブル建築の象徴、カラトラバのバレンシア芸術科学都市の使用前・使用後をご覧下さい。

Palau_de_les_Arts_Reina_Sofia_(Ciutat_de_les_Arts_i_de_les_Ciencies_-_Valencia)_(472712279)

使用前(wikipedia)

2014-01-30 23.39.59

使用後(facebook) (news)

Mi artículo en la revista on-line Pills, v.4 (Reforma)

 

He escrito un artículo en una revista colombiana on-line Pills conmemorando el año del Sengû de Ise.

Espero que os guste…

コロンビアの建築系オンライン・マガジンPillsに寄稿しました。

Reforma (Reform)というお題が与えられていたのを、だいぶ拡大解釈して、伊勢の遷宮についてのエッセイです。

I wrote an essay on a Colombian architectural web magazine Pills.

It’s on Ise Shrine’s periodical reconstruction (the next reconstruction is on the way…)

Hope y’all like it!

 

Cheers!!! じゃあねえ Agurrr!!

「正義を言わない。組織に属さない。リーダーにならない。」藤森照信の面白い発言メモ

Terunobu Fujimori 藤森照信

「人と土に根ざしたコミュニティ・再デザイン」

JABS 建築雑誌, vol.126, no.1625, Dec 2011, pp.14-19内

基本的に座談会の他の参加者が、今回の大震災に則した話を展開しているのに、藤森せんせーはマリの原始住居からハンガリーからオーストリアへの大移住へ、話を進め、かみ合っているようなかみ合っていないような。でも面白いからいいけれど。

最近の日本の住宅建築の傾向に関して

「21世紀の住宅の重要課題は難民キャンプ」

伊東豊雄と、西澤立衛の森山邸のような建築について「分離派住宅」と冗談を言っていた

被災地支援の「シェルター展」の誘い。「…個人の小屋をつくろうと思って、一坪の小屋を合板でつくり、リヤカーで輪をつけて引っ張れるようにした。入り口の前で火を焚いて、火を見ながら、とりあえず過ごす。」

看板建築とかのネーミングの妙は建築探偵時代からだし、分離派、みたいなだじゃれはよく言っているし、火の話もあちこちでしているけど、この人の孫に生まれたかったなあ、と思う発言連発。

コミュニティ

震災復興に乗り出した建築家たちが個人の住まいでなくコミュニティの提案をしたから驚いた(「帰心の会」:山本理顕、内藤廣、隈研吾、妹島和世、伊東豊雄)

コミュニティといえばマルクス主義かヒューマニズム。「同世代の友達(建築家)は、(どちらとも)切れた場に立て籠もって前衛的表現をしているとばかり思っていたからびっくりした。」

「私自身は公共に耐えない…正義を言わない。組織に属さない。リーダーにならない。」

コミュニティということへの関心は、内藤さん(特にMedellín以降)や山本さん(特に上野千鶴子との論戦?対話以降)、ちょっと売りにすらなっているから分かる。伊東さんは「遊牧少女」と言ってて、その遊牧少女のモデルが妹島さんだったから、藤森さんが驚くのも分かる気がする。ただ、地震に直接影響を受けたのか、あるいはすでにだんだんそういった意識を醸成していたのかも知れない。隈さんは、どんな状況でも対応できる人だから、驚きというのとはちょっと違うかも。

なんとなく「がんばろう東北」が大政翼賛会的になっている中で、この反骨精神はびびっとくる。そういえば三宅理一先生にも、「僕の研究、なんの役にも立たないんですよ」とこぼしたときに、「なんの役にも立たないことをやっている方が、いろいろな人に信頼される。利害で動いていないから」と言われて、そういうものかと思った。

保存

「私がやっていたころの「保存」は、社会的活動では全然なかった。ほとんど無駄な抵抗みたいなことだった。今は広がりがあり、権威を持つようになった。そうなってからは「保存」にはかかわっていません。」

人類の住まいの優先順位

まず、水…「水の周りに集まった人は…火を焚く…火の周りに家族が集まる。その次にシェルターをつくります。シェルターはあとで来るんです」

「どうして被災者の人たちは、火を焚かないのだろうかと不思議に思って見ていました。木の床の上でも土を少し敷けば安全に火を焚けるのに」

彼の純粋さと嗅覚と言語感覚が、日本の建築界周辺でしか共有されず、たぶん人類学や考古学からは実証姓のないけど面白いことを言うおじさんと思われているだろうことは残念。そしてそれほど外連味はなくても非常にユニバーサルな視点で独特の表現力を持っているのに、世界ではたぶん、彼のネオ・プリミティヴな建築的インスタレーションしか知られていないであろうことはもっと残念。

今和次郎

関東大震災の翌日から考現学を始める。震災のあとで人間のやっていることが面白くて仕方がない。仮復興が始まると、「バラック装飾社」