Category Archives: Spanish Modern and Contemporary Architecture

Fuencarral

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Hace un año visité el barrio de Fuencarral y ahora estoy ordenando mis apuntes y fotos.
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algunas cosas que me dijo una señora que llegó ahí a los dos años:

En el Poblado Dirigido pagaba la hipoteca cada tres meses 429ptas (¡cómo se acuerda de la cifra) por 50 años. Aun hay gente que no ha terminado de pagar.
Ella vivía con sus padres y abuelos en el centro de Madrid pero sus padres querían independizarse y compraron un piso en Fuencarral en 1958. Ellos trabajaban en Sol e iban todos los días ahí aunque no había el transporte público como ahora. Tampoco había infraestructura decente.
Ella vivió en un piso con sus padres, se casó y vivió en otro piso, pero al final compró otro chalet porque no soportaba subir las escaleras hasta la quinta planta. (quinta o cuarta? no sé)
La planta sin pasillo estaba bien pensada, a su entender. Al principio no hubo calefacción y la cocina era de carbón. La carpintería de madera original era muy rara y se abría de una manera muy rara. Se rompió en seguida. Las cajas de escalera de los pisos estaban abiertas (ahora cerradas todas). Muchas partes estaban sin asfaltar. En la casa de una amiga suya vivían 8 niños, sus padres y la abuela. 4 chicos en 2 literas, 4 chicas en 2. Tenía miedo a la UVA por sus habitantes.

Me dijo que hay unos grupos del facebook, todos tienen nombres graciosos salvo uno muy serio, jaja.
Fuencarraleros de Fuencarral
Yo soy de Fuencarral ¿y qué?
Paraguayos y otros pobladores de Fuencarral
Poblado dirigido de Fuencarral

Yo en general veo muy positivo lo que se queda y que está pasando en esos poblados franquistas, aun con lo poco que se queda de Sota u Oíza, aun con lo precario que estaba a nivel urbanístico, y aunque me dijeron lo mal que pasaron algunos barrios con la heroína etc. en los años 80. Una clave sería que son propietarios. Cambian lo “modenno” a su manera con falsas vigas y muros de piedra o ladrillo. Rejas personalizadas. Algunos llevan decenas de años pero niños hay también. ¿Qué opinan?

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Fuencarral B (via Docomomo Ibérico, Vivienda moderna)
 

スペイン初期モダニズム

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Casa Bloc, Barcelona.

さきほどスペインのモダニズムについてS先生からメールで質問が来てそれに答えたのですが、なんだか日本語で同様の内容を初めて書いた気がしたので、もったいないのでここに転載します。

話せば長いのですが、スペインの初期モダニズムの中心はバルセロナでした。
1931年から内戦が始まる1936年の第二共和制時代には、先進的な試みが多くなされました。社会住宅カサ・ブロックはその一例です。
その後内戦後の1939年から1950年代くらいまでがスペインは貧しく、単発的に名建築はありますが、規模や量は少ないです。
1960年代くらいから国際的にも開かれ、やがてラファエル・モネオのような人が現れます。
スペインの初期モダニズムで、もっとも有名なのがホセ・ルイス・セルト(ジュゼップ・リュイス・セルト)で、スペイン内戦(1936-39)のころにフランスに逃れ、のちアメリカに亡命してハーバードのGSDを創設します。槇先生はセルトに会ったことがあると会うたびにおっしゃっています。
セルトはお金持ちのぼんぼんでしたから、旅行も若い頃からしており、早くから海外の動向に敏感でした(前川國男みたいな感じですかね)。
コルビュジエの事務所で働いたり、1937年のパリ万博ではゲルニカが展示されたスペイン共和国館(内戦中でした)を設計したり、アメリカに行ってからはCIAMの会長をやったり、晩年にはスペインや南仏でも名建築を残しています。たとえばバルセロナのミロ財団。

それ以外のモダニズムの建築家たちはどうだったか。
セルトとともにGATEPACというスペインにおけるCIAMの下部組織みたいなことをやっていた連中は、政治信条はさまざまでした。
セルトと一緒にバルセロナで社会住宅CASA BLOCなんかを設計したトレス・クラベという人物は、内戦で共和国軍の兵士として戦い戦死します。
同じく共和国側で戦い、のちメキシコに亡命したのはコンクリート・シェルで有名なフェリックス・キャンデラ。
http://en.wikipedia.org/wiki/F%C3%A9lix_Candela

アルゼンチンに亡命したのはアントニ・ブネット(アントニオ・ボネット)・カステリャーナ。彼はわりとすぐに戻ってバルセロナでも設計を続けています。
https://www.tumblr.com/search/Antonio+Bonet
http://es.wikiarquitectura.com/index.php/La_Ricarda_-_Casa_Gomis
https://canodrom.wordpress.com/

それ以外には、反乱軍(共和国に対してクーデターを起こし勝利することになるファシスト系フランコ側)で戦った者も多いです。
GATEPACの一員、バスク人のアイスプルアはフランコ軍側で戦って戦死。
チームXと密接に関わっていたコデルク(ガウディの孫弟子)は、フランコ政権下のバルセロナで最初にモダニズムに立ち戻りました。ブルジョワの邸宅を多く残しており、その辺からも、彼がバルセロナの社会階級の中でどこに位置していたのか、何故フランコ側についたかが窺えます。
https://yoshihikoito.wordpress.com/?s=coderch

同じく反乱軍側に立ったフィサックは、マドリッドで教会や保守系政府系組織のための建築を多く造りますが、やがて日本や北欧の影響を受けたり、プレキャスト・コンクリートの可能性に気づいたりします。
https://yoshihikoito.wordpress.com/2013/09/29/san-pedro-martir-de-miguel-fisac/

マドリッド近代建築の父アレハンドロ・デ・ラ・ソタも反乱軍側で、復興に際し重要な役割を担います。
http://www.stepienybarno.es/blog/2014/01/15/12095/

共和制時代にモダニズムに傾倒していた年長の建築家たちは、保守化する政権下で歴史主義に戻りました。メンデルゾーンみたいな建築をつくっていたのに、威圧的なエル・エスコリアル宮殿っぽいものをつくるようになったグティエレス・ソトなんかはその代表です。
http://es.wikipedia.org/wiki/Cine_Barcel%C3%B3 これが(映画館)
http://es.wikipedia.org/wiki/Cuartel_General_del_Ej%C3%A9rcito_del_Aire これに(空軍省)

ただ、スペインに残ってファシスト体制に忠誠を誓った建築家も、オフィシャルに求められている新古典主義的な造形と、それ以外(とくに住宅=ブルジョワの住宅または社会住宅)とで、建築言語を使い分けていたきらいがあります。
アシス・カブレーロというファシスト政権公認の建築家は、
政権のためにはピアチェンチーニ風
http://es.wikipedia.org/wiki/Casa_Sindical_de_Madrid
労働者住宅にはローコストで伝統的構法を用いながら、モダニズムの影響が感じられるもの
https://yoshihikoito.wordpress.com/?s=cabrero
を設計しています。

結論としては、インターナショナル・スタイルは1930年代にあった。とくにバルセロナに。しかし内戦によって一部の建築家は戦死、一部は亡命、一部は歴史主義に戻った。成熟したモダニズムを再輸入し独自性が発揮され始めるのは50年代後半〜、という感じでしょうか。

El orgullo Coderch

¡Qué tío…!

Muy al final de su vida, el político Trias Fargas le preguntó si aceptaría la Creu de Sant Jordi que la Generalitat pretendía concederle y Coderch, según me contó él mismo, les respondió que qué se creían, que si consideraban que no se la merecía que no se la ofreciesen, y que si se la merecía, que se arriesgasen a que él la rechazase. Ése era Coderch.

Via Oscar Tusquets: “Un arquitecto tiene la obligación de que la naturaleza no le guste demasiado”

 

jos_antonio_coderch_-_manuel_valls_-_casa_ugalde-_caldes_d_estrac_8_

Fisac, Centro de estudios hidrográficos (Madrid)

"huesos"
Fisac's staircase
huesos de Fisac
1950年代から60年代のスペイン建築界で異彩を放ったミゲル・フィサックによるマドリッドの水圏学研究所。「ウエソ」(hueso = 骨)と建築家が呼んだ有機的な断面のプレキャスト・コンクリート梁が連続してかかる。1950年代前半にレンガの表現を徹底的に追求したフィサックは、50年代後半からコンクリートの可能性にとりつかれた。水圏学研究所は、そんななかでフィサックが最初に行ったコンクリートの工業化と表現性の両立に関する実験的作品だった。

2014年3月にようやく内部を見学させてもらった。かなり状態が良いが、どうやら近年大規模な修復が行われたとのこと(詳細不明)。

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2/26 FreshJapan 日本の若手建築家10組

freshjapan'

FreshJapan en FreshLatino2
フレッシュ・ラティーノ2オープニング・イベント
フレッシュ・ジャパン

日時 fecha:
2014/2/26(水)19:00 | mié 26-feb-2014 a las 19h

場所 lugar:
〒102-0085 東京都千代田区六番町2-9
セルバンテス文化センター東京
Instituto Cervantes de Tokio
2-9, Rokubancho, Chiyoda-ku, Tokio 102-0085 Tel (03) 5210-1800

キュレーター comisarios:
アリアドナ・カンティス Ariadna Cantis
アンドレス・ハケ Andrés Jaque

FreshJapanコーディネーター coordinador FreshJapan:
伊藤喜彦 Yoshi Ito

スペイン、ポルトガル、ラテンアメリカから、注目度上昇中の建築家・コレクティヴを紹介するフレッシュ・ラティーノ展。その第二弾が、セルバンテス文化センター東京にやってきます。今回登場するのはスペイン、アルゼンチン、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、ブラジルからの計12組。本企画のオープニングにあわせ、日本建築界の未来を担う10組のデザイナー/コレクティヴをお招きして、そのお仕事ぶりを伺います。日本の現代建築はどこへ向かうのか?
グローバル? ローカル? スペインやイベロアメリカの新潮流とはどんな共通点や差異があるのか?
そんなことを考えさせられる刺戟的な場となりそうです。皆様のご来場をお待ちしています。

聴講のご予約は下記ページから。 http://reservas.palabras.jp/ja/

登壇予定建築家・アトリエ(順不同、敬称略)

Hiroi Ariyama 有山宙 (assistant)

Yuki Hyakuda 百田有希 (onishimaki+hyakudayuki architects)

Hiroyuki Unemori 畝森泰行

Fuminori Nousaku 能作文徳

Mitsuyoshi Miyazaki 宮崎晃吉(hagi studio)

Kentaro Kurihara & Miho Iwatsuki 栗原健太郎, 岩月美穂 (studio velocity)

Javier Villar, Tomoki Yamasaki & Takushi Nakata ハビエール・ビヤール, 山崎智貴, 中田琢史
(happenstance collective)

Jorge Almazán Studiolab (ホルヘ・アルマザン研究室)

Daiki Koga Nakagawa 古賀大起 (Hacocoto inc.)

Koichi Suzuno 鈴野浩一 (TORAFU ARCHITECTS)

Cabrero, Bloque de Viviendas Virgen del Pilar, Madrid

IMG_4487' by yoxito
IMG_4487′, a photo by yoxito on Flickr.

Un ejemplo interesante y aislado de la historia de la vivienda social madrileña. Dúplex, bóveda tabicada… ¿Tarde o temprano? ¿Tradicional o moderno?

マドリッドの社会住宅の歴史のなかでは変わり種、しかし貴重な1940年代の事例。メゾネット形式にレンガタイルの薄版ヴォールト。建築家はカブレーロ。

fresh latino 2 in Tokyo (feb 26)

ラテンアメリカやスペインの注目若手建築家・デザインスタジオを紹介するfresh latinoという展覧会の第2エディションfresh latino 2が近々、番町にあるセルバンテス文化センター東京にて開催されます。

それに伴いまして、2月26日19時より、いまをときめく日本の注目若手建築家を何組かお招きしてご自身のプロジェクトについて解説して頂くことになり、そのお手伝いをしています。

freshlatino2(tokio)上記のリンクのどちらをみても、正直なんだかよくわからないし、フレッシュ・ラティーノが、フレッシュラ ティーノになっているなど細かいところは気になりますが、展覧会自体に登場する顔ぶれはなかなか、いやかなり面白いです。キュレーターはアリアドナ・カンティス。すでに名声を確立した大物ではなく、まだそれほど有名ではないけれど注目に値する建築家やコレクティヴを大勢紹介してきました。

たとえば、私のよく知っているマドリッドからは、建築・都市デザイン・ソーシャルデザインを横断したなんともいえないデザイン活動を展開しているPKMN(パックマン)やTODO POR LA PRAXIS(トド・ポル・ラ・プラクシス)がそれぞれ第一回、第二回に登場。

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PKMNがソルトレイク・シティーのオリンピックに際して提案したFrom Olympic Games to Urban Games

2000年代前半のスペイン建築界は、経済の自由化(1960年代)、民主化(1978年)、バルセロナオリンピック(1992年)といった前段階を踏まえて、高額・大規模なプロジェクトがばんばん進んだものでしたが、そんな建築バブルはリーマンショックとユーロ危機を境に泡と消え、いまは長引く不況に苦しんでいます。
そんな経済危機後のスペインでは、かつてのように黙っていれば仕事になる、コンペに勝てば金に糸目を付けずにメディア受けする奇抜な建築をつくれる、という時代は過去の話になってしまいました。いまのスペインの若手建築家は、どう個人として生き抜くのか、という卑近でパーソナルな現実と、社会全体としてはどのような方向を目指すべきなのか、というより本質的な問題とを、同時並行で考えざるをえない状況におかれています。たくさんの優秀な建築家(だけではないですが)が国外に流出しています。そうした、個人と社会、建築と非建築の問題が、絡み合って境界が溶けてしまっている中で、楽しそうに苦闘している、というのが、こうした若手の建築家からわたしが受ける印象です。

さて、ここからが本題なのですが、この展覧会オープニングにあわせ、セルバンテス文化センターが、何人かの日本の注目若手建築家・コレクティヴを招待してお話を伺うことになり、わたしもそのお手伝いをしています。

現在、候補者のみなさまに参加のお願いをしたりしているところですが、世界に負けない日本の注目株が集まりそうで、楽しみになってきました。

このブログでも、参加者がある程度揃ったところでその告知をしていきたいと思っています。

日本の建築界の未来に興味がある皆様にも、スペイン・ラテンアメリカの都市文化に関心がある方にも、ぜひ2月26日19時、セルバンテス文化センターのオーディトリアムにいらして頂けたらと思います。なお、席に限りがありますので、セルバンテスのHPから予約を推奨。

 

おまけ

ではここで、ここ数日話題になっている、バブル建築の象徴、カラトラバのバレンシア芸術科学都市の使用前・使用後をご覧下さい。

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使用前(wikipedia)

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使用後(facebook) (news)

Edificio Meridiana MBM

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IMG_3443′, a photo by yoxito on Flickr.

スペインにおける大規模集合住宅のハシリ、有名な建物だが、行ってみるとかなり寂しかった。そんななか、果敢に管理人さんにインタビュー。当初もろ警戒されたものの、最後はファミリー・ヒストリーを聞くことができ、中も少し見せてもらえた。この建物の問題はエレベーターを中心とした縦の何棟かに完全に分断されていることで、外から見た統一感(威圧感)と中の住環境があんまり合っていないと感じた。また片側3車線くらいの幹線道路に面しているのもつらい。東京でも高島平とか、高速道路で脇を通るたびに胸が痛むけれど…。
この建物は一応当時補助金を得てある種の低廉社会住宅として建設されたが、(現在は)民間ディベロッパーが全棟を管理(建設当初どうであったかは確認中)。バルセロナの大団地は後期になるとどんどん民間ディベロッパーが入り、営利目的で住環境の質が低下したそう。MBMという設計者ばかり脚光を浴びるこの集合住宅も、そうした営利目的の社会住宅というプログラム上の限界を示しているような気もした。

日本語でスペイン近現代建築

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Rafael Moneo, Ayuntamiento de Logroño, 1973-81

La lista de libros japoneses sobre la arquitectura moderna y contemporánea española…

先日東京外語大でスペイン近現代建築についてお話しする機会をいただきまして、レクチャーして参りました。

その際に、いままでちゃんとまとめていなかった日本語で読めるスペイン近現代建築関連の書籍や雑誌をまとめたのでここにもアップしておこうと思います。もちろん、a+uやGAに出てきている単発の作品紹介はもっとありますし、古い雑誌を全てチェックしたわけでもありません。非建築畑の方々を対象としていたので、R・モネオの建築論やトロハの構造設計本など、意図的に外したものもあります。それで思い出しましたが、日本語でカラトラバの作品集はタッシェンののみ、モネオに関しては上記の建築論以外一冊もないことにびっくりしました。こりゃ、フィサックとか言っている場合じゃないな…。ちなみにモネオの建築論は、シザの中期以降の有名作品をボロクソに言っていたりして結構面白かったというおぼろげな記憶。

日本語でスペイン近現代建築

建築雑誌

  • a+u』特集:マドリードの建築家と公共建築, no.351, 1999.12.
  • 『a+u』特集:スペインの建築, no.394, 2003.07.
  • 『a+u』特集:スペインの小さな建築, no.456, 2008.09.
  • 『a+u』特集:マドリード、4つのプラクティス, no.502, 2012.07.
  • 『a+u』特集:ラ・ルース・マヒカ──写真家、鈴木久雄, no.504, 2012.09. 鈴木氏はスペイン在住の著名な建築写真家.
  • 『a+u』2014.01にスペイン・ポルトガルの建築の特集(刊行準備中)
  • SD』特集:イベリアの熱い風(2)スペインの現代建築, no.308, 1990.05.

ガイド

  • 淵上正幸『ヨーロッパ建築案内1』TOTO出版, 1998. やや古くなったが…(これアップデートされてるんでしょうか)
  • 美しきイベリアの太陽』TRANSIT(トランジット)3号, 講談社MOOK, 2008.
  • 美しきスペイン』TRANSIT(トランジット)22号, 講談社MOOK, 2013. トランジットはちょこっと現代建築の話も載っている珍しいガイドブック。ま、内容はいろいろ怪しいが…。
  • 世界の建築・街並みガイド 1 フランス/スペイン/ポルトガル』新装版, エクスナレッジ, 2012. バルセロナ偏重(笑)!

スペイン近現代建築史

建築家

これ以外にもなにかあったらTwitterの方にでもご指摘を頂けると嬉しいです。では。

スペイン現代建築の光と影

MUSAC
Mansilla +Tuñón, MUSAC, 2005 (マンシーリャ・イ・トゥニョン、カスティーリャ・イ・レオン州現代美術館(MUSAC)、レオン)

2012年に『三色旗』という慶應義塾大学の学内向けの雑誌に「スペイン現代建築の光と影」というエッセイを書いた。

リンク→ luz y sobra de la arquitectura contemporanea espanola (pdf)

ちょうど原稿の依頼を受けた直前だったと思うが、現代スペインを代表する建築家となりつつあったマンシーリャ氏の急死という出来事があり、さらに経済危機まっただ中ということもあって、「光」より「影」のほうが強調されているかもしれない。

今年ちょうど生誕100周年のミゲル・フィサックについてもちょこっと言及している。ちなみに、2013年秋現在、フィサックと、同じく1913年生まれでマドリッド近代建築の父的存在デ・ラ・ソタに関する展覧会がマドリッドのICO美術館で開催されており、見学することが出来た。

Fisac - De la Sota

共通の背景を持ちながら、どんどん異なる方向に進んでいった二人の建築家を(ちょっとむりやり)一つの展覧会にまとめた感じ。

同じ1913年生まれの丹下健三と比べると、フィサックもデ・ラ・ソタも、スペイン国内でのみ作品を残しており、また東京オリンピック競技場や東京都庁のような大モニュメントも残していない。その点では、ハーヴァードで教鞭を執ったセルトは別格として、スペイン建築が本当の意味で世界の耳目を集めるようになるのは次世代のラファエル・モネオから、ということになるのだろう。

とはいえ、世界各地で建築を作りはじめればいい建築家かというともちろんそんなことはないわけで、スペインの20世紀建築には知られざる面白い作品が多い。個人的には教区教会堂や社会住宅など小さくて予算も限られているものが面白いと思う。カラトラバとかボフィールも…ねぇ、いいものはいいんだけど、初期作品とか…。

来月12/10には東京外国語大学で「ガウディだけじゃない!スペインの近現代建築—合理性と表現性のはざま」というタイトルで、このあたりについてお話しできたらと思っています。